東京の保険会社に勤務する三田(佐野周二)は、重役を殴る事件を起こし、
大阪へ左遷になる。鬱々とした気分で大阪に来た彼は、がめつい女将
(三好栄子)が経営する安旅館、酔月荘に投宿する。宿には、様々な悩み
を抱えた三人の女中がおり、三田は少しずつ彼女たちと交流を深めてい
き、それぞれが、人生の苦しさを引きずっていることを知る…。
水上滝太郎の原作を基に、八住利雄と監督の五所平之助が脚色して映
画化した新東宝創立7周年記念作。実力派の俳優たちの陰影深い演技と
五所監督の細やかな演出、薄幸で弱い人間たちに対するやさしい視点が
素晴らしい人間ドラマの秀作だ。日本映画黄金期と言われる50年代に作
られた作品ならではの、(スタッフ及び俳優の)人材の豊かさと厚みが感じ
られる。
松竹蒲田出身ということと、おそらく自身も根っからのヒューマニストだと
いうこともあるのだろう、五所監督の庶民の哀歓を細やかに描く演出は、
本作でも遺憾なく発揮されている。人生は辛いこと、苦しいことの連続だ
が、それを乗り越えていくしかないという、登場人物たちの静かな諦観と
希望が入り混じったメッセージが、心に沁みる。彼らを写し撮った、名キャ
メラマン、小原譲治の情感豊かな白黒撮影もしみじみと美しく(佐野周二
と乙羽信子が、夜中、川沿いをゆっくり歩くのを追うトラックキング・ショット
…など)、本作の精神と感触を見事に映像化している。芥川也寸志の繊
細な音楽もいい。
そして、五所演出に応えるキャスティングの妙。不幸な人間を救いたい
と願いながらも、結局、自分の無力さを思い知らされる人物は(乙羽信子
演じる芸妓「うわばみ」からは、地に足をつけていない「星」のような人と
揶揄される)、好血漢でありながら、むっつりと鬱屈した面もある佐野周
二にピッタリ。因業な役柄を演じさせたら右に出る者がない、三好栄子、
松竹時代の大女優、川崎弘子と水戸光子…といったベテラン陣と乙羽
信子、左幸子、安西郷子…といった若い才能たちの対比も、作品に奥行
きと深みを与えている。今更ながら、50年代の日本映画界における俳優
の層の厚さに驚く。
本DVDは、フィルムセンター所蔵の35mm上映プリントからHDテレシネ、
レストアされたマスターを使用。保存状態が芳しくない新東宝作品が多い
中では、輝くような白黒画質だ。音声も聞き取りづらいようなところがない。
同梱のリーフレット(木全公彦氏、田中眞澄氏、浦崎浩實氏)も、紀伊國屋
さんらしく詳細なもので、鑑賞の後読むのが実に楽しい。文句なしの星5
つ。
大阪の宿 [DVD] 関連情報
1917年頃の大阪を舞台にした作品で、作者は東京・山の手育ち故、冷静にそして客観的に大阪の市井を表現している。ゆったりとした時間の中に、古くは江戸時代の、そして文明開化の明治時代の香りがそこここに漂う秀作だ。登場人物の個性も面白くまた愉快だ。宿屋の女中のなんと屈託なく明るいことか。特に会話文が「大阪の宿」の肝となるところですばらしい。 大阪の宿 (岩波文庫) 関連情報
大正時代の大阪は飛ぶ鳥を落とす勢いで東京なんか目じゃない。作品でもあるように亜米利加に追いつけってな調子。
みんなお調子者でお気楽に生きていたそんな大阪に、東京から赴任してきた会社員三田は、副業(いいのかな?)で小説家をやっており、会社生活以外で落ち着いて物書きができる場所を求めて土佐堀川(梅田から軽く歩ける距離の中ノ島の南側を流れる川)沿いにある宿、酔月(なんて洒落た名前の旅館!)を常宿として腰を落ち着ける。
そこで出会う、女中達や宿のお客、そして宿のそばの気になる女子おみつ、会社の気のおけない同僚の田原に、芸者のうわばみ(大蛇のこと...とてつもない大酒呑み)が繰り広げる男女のはなしを人情と粋な会話で綴るとても庶民的で、とはいえ一級品の文芸作品。
当時の大阪の文化を知る上でもとても貴重な作品で、意外にとても食文化が豊かであったことに感心させられる。土佐堀川で牡蠣料理をつまみながら日本酒を一杯。北新地も三文文士をきどる一般サラリーマンが芸者を呼べるような気楽な町だったとは昔はよかったなぁ。
大阪を愛する人には是非とも読んで、そして大切において時々読み返してみたくなるようなとても素敵な作品です。
大阪の宿 (講談社文芸文庫) 関連情報
編者の坂上弘氏の講演を聴き、この本を購入した。読み進むうち、同じ講演を聴いた人のブログで、この本の背景などを知り、一層興味を持ち読み終えた。 銀座復興 他三篇 (岩波文庫) 関連情報