素敵な小説です。
ハラハラドキドキも、スリルもサスペンスも
切実な問題も、あるいは登場人物の心の揺れも
描かれていません。
では、何が描かれているのか。どこにでもあるような
ありふれた若い女性の日常が、淡々と語られているのです。
2回の合コン、飲み屋で知り合った年下の男との淡い関係、
勤め先のカフェの人々の会話、友達とのガールズトーク。
これらの描写が炊き立てのお米のように粒立っています。
さらには、昔の大阪の街の写真を収集し、現在の大阪の街
と重ね合わせて思いを馳せる挿話がたびたび差し挟まれ、
小説のアクセントして活きているのです。
デビュー作『きょうのできごと』を読んで好感を持ち、
本作を読んだのですが、年季が入っているのでしょうか、
小説として、うまく仕上がっているように感じました。
逆に言うと、柴崎さんらしさというか、「小説の新奇さ」
としてのインパクトは『きょうのできごと』にあると思います。
例えば、次のような何気ない描写に筆力の成長を感じました。
「わたしは、グラスの周りに付いた水滴を指でつなげながら、
壁の写真や智佐のお皿に残ったレタスやなんかを眺めていた。」
(36ページ)
「『あ、そうなんや。金返さんかい、みたいなんとちゃうんや』
さっきから繰り返してしまう短い『あ』は、自分で聞いても
取ってつけたみたいな感じがするけど、どういう親しさで
話していいのかわからない。」(42ページ)
まだ、親しくなっていない人と会話する時、「あ」と言って
から返答してしまうこの細やかさに共感出来る人は多いのでは
ないでしょうか。
何も起こらない小説を最後まで読ませる力こそ、稀有な
才能の持ち主でないと書けないものだと思います。
2006年下期の芥川賞候補作ですが、青山七恵『ひとり日和』
に負けています。十分に受賞でき得る作品であると思います。
その街の今は (新潮文庫) 関連情報
「29歳の女性を主人公に」という
お題目のもとに書かれた8人の女性作家による小説集です。
芥川賞作家から気鋭の作家まで、
執筆者の幅は広いのですが
その力量の差がはっきりと分かるのが面白かったです。
山崎さんはパッチワーク的な構成が“山崎節”というか、いつもの感じ。
柴崎さんもいつもの感じですが、お題の年齢を意識して
ちりばめられてる「結婚」「出産」などの要素を除くと
ちょっと主人公が幼い印象を受けました。
中上さんの作品は、エンディングが「?」。
ヒロインの心の動きが私には読めませんでした。
野中さんは、一見ありえなさそうな設定が
とっても上手に描かれていて、読み終わってほっこりした気持ちになりました。
宇佐美さんも、私の読む能力が足りないせいか
ヒロインに血が通ってないような気がして、
作者が彼女をどう描きたかったのかが分かりませんでした。
栗田さんは、過去作品とはまったく異なる「一般OLモノ」の設定で
上司との会話や、親友との電話にリアリティがすごくあって
明日のヒロインがどうなるか、わくわくしました。
柳さんは、うーん、悪く言うと凡庸というか、そうですか・・・、という感じ。
登場人物の誰にも作者の愛がない感じがしてしまいました。
最後を飾る宮木さんの作品が、
個人的にはずば抜けて良かったです。
「社会的弱者としての派遣」みたいな
紋切り型ではない設定も良いし、
とても引き込まれた作品でした。
それだけに、336ページの誤植が惜しい・・・。
いずれにせよ、一読の価値はあります。
「29歳の揺れ動く気持ち」的な売り方はどうかと思いますが、
そうじゃない部分がむしろ面白い一冊です。
29歳 関連情報
私も、女子が好き。
……そう、かわいい女の子を見ているとなぜか幸せな気持ちになったり、女の子と、女の子の話をするのが楽しかったり。そういう感情が当たり前にあるのに、そのことについてよく考えたことがなかった。そういう感情は、「いい男って少ないよねー、出会いがないよねー」とか「女どうしは話が通じるよね」とかいうお定まりの言説とは違って、意識されないけど、潜在的にはすごく強い感情だった……ということに気づいたわ、この小説を読んで。
というかもう、この小説を読んでる間、ずっと幸せだった。かわいい女の子がいっぱい出てきて、そういう女の子をかわいいと思う感情を「男性俳優やジャニーズ事務所の誰彼が好きだというのと同じことなのか違うことなのか」考え、「同性愛というわけでも」ないけど「ただ、かわいい女の子やきれいな女優を見ていると、それだけで幸せな気持ちになる」理由を、ただかわいいからとしか言いようがなくて、「『だってかわいいねんもん』という一言で」自分の「単純な気持ちを分析するのをやめてしまう」ことを「もどかしく思っても」いる、主人公の実加に共感する。
実加の好きな女優がスカーレット・ヨハンソンとエマニュエル・ベアールとニコール・キッドマンと「水中花」の頃の松坂慶子、というあたりは「うそーっ私もっ!」と思うし、女の子ばかりを部屋に呼んで美味しいものを沢山食べる、女の子カフェの場面は何度でも読み返したい。そして「かわいい子が一生懸命かわいいことしようとしてるのを見たら胸が詰ま」って「泣きそうに」なる、という小田ちゃんの言葉にも共感する。そう、柴崎友香ちゃんを好きなのは、かわいい友香ちゃんが一生懸命、今ここにある瞬間の幸せ、みたいなものを小説で伝えようとする、そのかわいさに打たれるからなのだ。
疲れて眠ってしまった実加を見つめる、恋人洋治の目線も、いい。116頁の短い段落、大好き。
主題歌 (講談社文庫) 関連情報
副題は、
・「映画の建築・都市・場所・風景を読む」
・「映画史115年×空間のタイポロジー」
としている。
始めに編集者の一人である結城秀勇氏により『Introduction 映画空間とはなにか』が書かれている。
その中で、“映画空間”の明確な定義づけが行われていないことからわかるように、その概念自体、簡単ではないようである。
メインの『400選作品紹介』で、画家、建築家、小説家、映画評論家など、計23人の執筆者によって、製作年代順に映画作品の紹介がキーワードを挙げてなされている。
作品の選択の基準は、“空間的な示唆や豊かさがあることであり、それに基づいてキーワードが抽出される”となっているが、全てのキーワードが素朴な意味での空間を表すものではない。例えば、“群集”、“家族”、“柱時計”など。それらも空間といえば空間なのかもしれないが。
すでに自分が見た映画にどのようなキーワードが付けられ、それに基づいてどのように解説されているのか、まだ見ていない映画のキーワードと解説を読んでどの様な映画なのかを知るのには良い。
ただし、先ほども述べたように、キーワードが単純な意味での空間に限られたものではないこと、また、ほとんどが400字に足りない解説の中で“映画空間”という観点でポイントをまとめるのは難しかったようである。さらに映画のスティール写真が載せられている作品もあるが、キーワード・解説内容・スチール写真の関連性を厳しく見ようとする人には、疑問を感じるものもあるのではないだろうか。
曽我部昌史氏が『キーワード−集合住宅 団地とスラムの先に何が見えるか』というコラムの中で、“以前、団地が舞台となっている日本映画を集中的に見たことがある”、と書いているが、それを可能とするように例えばまず、空間に関するキーワードとして“団地”、“都会”、“ビル”などを取り上げ、その後にキーワードごとに映画をリストアップし、それぞれの映画を解説していくという方法もあったのではないかと思う。個人的に、“タイポロジー”から期待したものはそうしたものでした。
また16のキーワードをもとに書かれた『映画空間コラム』の中で解説されている作品については、『400選作品紹介』の中で解説された作品に限定して、本全体としての統一感が欲しかった。
“映画空間”というテーマ自体が簡単ではなく、また多数の人が執筆することによる難しさもあったのではないかと思う。
当初の目的がどの程度達成されているのかはわかりませんが、昔見た懐かしい映画を思い出し、また未見の沢山の映画を知ることができましたので☆4とさせてもらいます。
映画空間 400選 関連情報
柴崎さんの本、久しぶりに読みました。
共感できるというよりは、どちらかというと「私にもこんな日があったなあ」っていう、
振り返り感が強かった。内容は可もなく不可もなく。
たぶん、文庫本になった時に、週末のコーヒーショップで読むのにぴったりって感じです。
週末カミング 関連情報